先日、ある参拝者の方から「お通夜ってどんな意味があるんですか?やっぱりお通夜をした方がいいんでしょうか?」という質問がありました。
最近では、少数ですが『お通夜をせずにお葬式だけを行う』というケースもあります。
質問にいらした参拝者の方も、たぶんそのことをご存じだったのでしょう。
そして、その方はおそらく『お通夜を省略したいけれども、それでも大丈夫なのか?』ということを聞きたかったのだと思います。
あなたも「今後もしも家族に不幸があった時は、お通夜は省略しちゃおうかな・・・。」と思っていませんか?
お通夜をした方がいいのか、あるいは省略してしまってよいものか、それを判断するには【お通夜の意味】を知っておく必要があります。
《お通夜の意味》
お通夜とは、字の通り、家族や親戚が集まり【夜を通して】故人のそばに付き添い、見守り続けることです。
昔は、一晩中故人のそばにいることにより、冥福を祈って別れを惜しみつつ、
- 本当はまだ生きているかもしれないので、念のため確認をする
- 抜け殻となった故人の体を悪霊に奪われないように守る
といった意味がありました。
また、仏教を世に広めた【お釈迦(しゃか)様】が入滅をされた時に、弟子たちが一晩中お釈迦様のそばで説法のありがたさを噛み締めたことが由来だとも言われています。
しかし現在では、お通夜というものが【日中に行われるお葬式に参列できない人のために、夕方から『通夜法要』という形で故人と最後のお別れをする場】という認識で浸透しています。
ですから、近年のお通夜は、どちらかというと【故人の供養】の部分よりも【お葬式に参列できない人への配慮】の部分の方がクローズアップされているわけです。
《お通夜は必要なの?》
さて、お通夜の意味はわかりましたが、問題は「じゃあ、お通夜法要は必要なの?」ということになりますよね?
お通夜が必要かどうかは、【故人をできるだけ多くの人に見送ってもらいたいかどうか】で判断することになるでしょう。
多くの人が故人のために手を合わせてお焼香をすると、それだけたくさんの【感謝と弔いの気持ち】が故人に伝わります。
より多くの人に弔ってもらえることは、故人にとっても『最後の良き思い出』になるのではないでしょうか?
言い方を変えると、お通夜法要とは故人に対する【縁のある人たちみんなからの最後のプレゼント】ともいえますね。
お通夜法要を行うことで、多くの人が故人とのお別れができ、また、それが《故人をより丁寧に弔う》ということにも繋がるのです。
《現代のお通夜は【故人をより丁寧に弔う】ためのもの》
お通夜とは、その名の通り【夜を通して】故人のそばに寄り添い見守り続けることです。
しかし近年では、お通夜が『お葬式には参列できない人が故人と最後のお別れをするためのもの』という、本来であれば二次的な意味合いの方が強くなっています。
そのため、お坊さんに読経をしてもらい参列者の方々がお焼香をする場を設けて、しっかりと『通夜法要』を執り行うのです。
ですから、もしも【遺族以外は本当に誰も参列者がいない】ということであれば、無理に通夜法要を執り行うことはありません。
そのような場合は、本来の意味のとおりに、夜を通して故人のそばに付き添ってあげればよいのです。
しかし、現実的に考えると【遺族以外は本当に誰も参列できる人がいない】ということはあまりないと思います。
遺族以外に「お通夜に出て、故人と最後のお別れをしたい」という人が一人でもいるのなら、本当であれば通夜法要をすべきでしょう。
多くの人が故人に手を合わせ、お焼香をするということは、それだけ多くの人の【故人に対する感謝と弔いの気持ち】が故人に伝わるわけです。
故人もそれを喜んで下さるのではないでしょうか?
お通夜法要を行うことによって、多くの人が故人を偲び心から冥福を祈る、それが《故人をより丁寧に弔う》ということに繋がるのです。
結局のところ、お通夜を【する】【しない】の判断基準は、あなたが《故人をより丁寧に弔う》という気持ちがあるかどうか、ということなのかもしれませんね。
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