あなたは真言宗を開いた方をご存じでしょうか?
真言宗をお開きになったのは、弘法大師【空海】様です。
空海様は歴史の教科書にも登場するくらい有名なお坊さんです。
とはいうものの、残念ながら教科書にはほんの少し登場するだけであまり詳しく書かれていないのです。
せいぜい、
- 平安時代に、空海と最澄(後の《天台宗》の開祖)が『遣唐使』として唐(昔の中国)に渡った。
- 真言宗を開いた高野山に金剛峯寺(こんごうぶじ)を建てた
という程度です。
ですから、多くの人は、
- 「空海という名前は聞いたことがあるけど、一体どんなお坊さんなんだろう?」
- 「何をしたお坊さんだっけ?」
- 「どうして、『空海』と『弘法大師』の2つの呼び方があるの?」
というように空海様についてあまりご存じではないのです。
空海様のことをもう少し知って頂きたいので、この記事では『空海様が伝えた【悟り】の内容』にいてお話しようと思います。
まずは空海様の生まれ故郷ですが、『讃岐国』つまり今でいう香川県です。
香川県の特産物と言えば【うどん】ですよね?
じつは、この【うどん】の技術を日本にもたらしたのは空海様だと言われています。
その他にも、
- 土木技術
- 曜日の概念
- いろは歌
- 煎餅(せんべい)
- お茶
など、現在の私たちの生活に欠かせないものをたくさん中国から持ち帰ってきてくれました。
そして、空海様には、
- 『空海』⇒お坊さんとしての名前
- 『佐伯真魚(さえきまお)』⇒出家前の本名
- 『遍照金剛(へんじょうこんごう)』⇒唐で修行をして授かった名前
- 『弘法大師(こうぼうだいし)』⇒空海さんの功績を称え、朝廷から与えられた名前
という、いくつかの名前や呼ばれ方があります。
この中で有名なのは『弘法大師』です。
この『大師』という称号を授かっているのは平安時代から現代までで25人おられますが、
- 【大師】は弘法に奪われ、【太閤】は秀吉に奪わる
と言われるように、『大師』といえばほとんどの人は『弘法大師』を思い浮かべます。
そんな空海様は、讃岐国の地方の役人の息子として生まれ、裕福な家庭環境で育ちました。
小さい頃から家庭教師に勉強を教わっており、生まれつきの記憶力や語学力がずば抜けていて、周囲からは【神童】や【天才】と呼ばれていました。
それから月日が経ち、都に上り当時の最高教育機関のエリート大学に入って、順調に官僚への道を進みます。
しかし、大学の勉強だけでは物足らず、そして仏教の中にこそ人を救う道があると確信し、たった1年で大学を退学してしまい、親の猛反対をふりきって出家をしました。
出家をした後は、各地を巡りながら修行をされていました。
そしてある日、高知県の【室戸岬】で修行をされていた時に【仏様と自分が一つになる体験】をしたのだそうです。
その時に修行をしていた洞窟から見えた景色が【空】と【海】だけだったので、自らの名前を『空海』と名乗ることにしたのです。
その後もさまざまな修行を続けているうちに【大日経】というお経に出会いました。
空海様がたくさんのお経を勉強してもいても、なかなか納得できる答えが見つからずにいたところ、ある日の夢で「おまえの求めている答えは久米寺(奈良県)の【大日経】にある」というお告げを受けたのです。
さっそく久米寺を訪れ【大日経】を読んでみたところ、文章を読むだけでは理解できない部分がありました。
【大日経】は当時の最新の仏教(密教)だったので、日本にはまだ密教を正しく知る人がおらず、『師から学ぶ』ということもできませんでした。
そこで、空海様は自ら中国に渡って学ぶことを決意しました、要するに留学です。
このあたりが歴史で学ぶ【空海と最澄が遣唐使船に乗って唐に向かう】ところです。
ちなみに、留学といっても今みたいに安全に行くことはできません。
諸説がございますが、日本から中国へ無事に海を渡ることができる確率は50%以下だったと言われています。
空海様は中国に渡り、青龍寺(しょうりゅうじ)の恵果和尚(けいかわじょう)のもとを訪ね、そこで【密教】をすべて教わり、真言密教の『第八祖』となられました。
恵果和尚は空海様に、「おまえは一日も早く帰国して、国のため、そして人々のために、ここで学んだ【密教】を伝えなさい。そうすれば国は安泰し、人々は幸せになるだろう。」とおっしゃいました。
当時の空海様は、本来であれば20年間留学をしなければいけない立場でした。
しかし、恵果和尚に導かれて密教をあっという間に習得してしまった空海様は、わずか2年で帰国をしたのです。
恵果和尚がこれほど熱心に短期間で空海様へ密教を伝授したのは、これから中国で仏教は衰退していくこと、そして近いうちに遣唐使というものが無くなることを予測していたからなのです。
空海様が日本へ帰る時は、その時にたまたま中国の皇帝が亡くなり日本から弔問があったので、その船に乗り合わせて帰国しました。
しかし、その後日本から何回か遣唐使船が出たのですが、いずれも無事に中国へ到着することはなかったそうです。
つまり、空海様は運よく【無事に中国に到着できて、なおかつ無事に日本へ帰ることができる船】に乗ることができたのです。
こうして、空海様は幸運にも恵まれて無事に日本へ【密教】を持ち帰ってきました。
空海様の教えである『真言宗』とは一体どんな教えで、他の宗派とは何が違うのでしょうか?
真言宗の代表的な教えは《即身成仏(そくしんじょうぶつ)》です。
お葬式の時などには、亡くなった人に対して「成仏して下さい」とか「ちゃんと成仏できますように」と言いますよね?
【成仏】は字のごとく『仏様に成る』ことです。
従来の仏教では、【成仏】するためには何度も生まれ変わりを繰り返し、気が遠くなるほど長い時間の修行をする必要があると考えます。
しかし、真言宗では、
- 『この身このまま生きているうちに仏様になることができる』
という教えが説かれています。
仏教では【成仏=悟り】と言ったりしますが、空海様は、
- 「私たちは誰もが【悟りの心】を持っているのだ。」
とおっしゃっており、これは『誰もがすぐに仏となることができる』ということを意味します。
しかし、日頃の私たちは、まるで《霧の中》にいるかのように自分に【悟りの心】があることに気がついていないのです。
この《霧の中》というのは【煩悩=さまざまな欲望】を表しています。
ですから、私たちは修行をして自分自身の中に広がる《霧=煩悩》から抜け出さないといけないのです。
仏教ではよく【悟り】が『蓮の花』に例えられます。
蓮の花は泥の中に身をおいてもその環境に染まらずキレイな花を咲かせるように、煩悩に覆われて悪業を積み苦悩にさいなまれている私たちでも、【悟りの心】があるとわかれば苦悩から解放されるのです。
蓮の花はキレイな水から咲くのではなく、泥水が濃ければ濃いほど美しい花を咲かせ、しかも泥水から出てきたものは咲きそこなったり花が開かないということがなく必ずキレイな花を咲かせます。
私たちも煩悩という泥水の中で悩み苦しむからこそ、その先に【悟り】という花を咲かせることができるのではないでしょうか?
ところで、あなたは「仏教ではよく【悟り】って言うけど、そもそも【悟り】って何なの?」と思いませんか?
空海様が中国へ渡ろうと決意するキッカケとなった【大日経】には、
- 【悟り】とは、すなわち『実(じつ)のごとく自分の心を知る』ことである
と書かれています。
簡単に言うと、
- ありのままの自分を見る
ということです。
これはとても単純明快なので『誰でもできそう』なのですが、実際のところ『誰もできていない』ことなのです。
では、【自分を見る】とはどのようなことなのでしょうか?
【自分を見る】というのは、『自分が本当に大切にしている部分を認識すること』ではないでしょうか?
自分で大切にしている部分を認識することで、今まで感じていた他人への嫉妬、そして欲望や苛立ちなどが次第にどうでもよくなり、自分らしく生きていけるのです。
自分で大切にしている部分を認識するには、激しい滝に打たれたり、火の上を歩くみたいな厳しい修行なんかする必要はありません。
厳しい修行ではなく【自分と向き合う時間を作る】ことが大切なのです。
自分自身としっかりと向き合い、【自分にとって本当に大切なことは何なのか】を「なぜ?」「それだけ?」「本当にそれなの?」と問いかけながら、とことん掘り下げて考え抜くことで本当の自分を見つけ出すことができるのです。
ちなみに、お寺は非日常的な空間でとても静かな場所ですから、自分を見つめる場所としては最適な環境だと思います。
普段は仕事や学校などで忙しいかもしれませんが、休みの日にでも最寄りのお寺に立ち寄って、一度自分とじっくり向き合ってみてはいかがでしょう?
もちろんご自宅でもかまいません、自分と向き合って【自分が大切にしている部分】を少しずつ見つけ出してみて下さい。